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嫉妬をガソリンに出来る男、南キャン山ちゃんの「天才はあきらめた」 感想

「天才はあきらめた」感想

南海キャンディーズの山ちゃんが本を出した。タイトルは「天才はあきらめた」。

私は山ちゃんのTwitterをフォローしているので、タイムラインによく「○○店にてサイン本を書かせていただきました!」という情報が写真付きで流れてきてはいたが、未だその本を手に取ってはいなかった。

理由は特になく、仕事や他のことで頭の中が強く占められていたので、「本出したんだー」くらいで強く気にはとめていなかったからである。

それがつい先日、職場近くの本屋で偶然「天才はあきらめた」を発見した。

目次から気になる箇所をパラパラ読んでみると、山ちゃんの言葉は読みやすく、そして面白かった。

何より所々にある山ちゃん直筆のメモが目を引いた。

忘れるな!!必ず復讐する!!

奴らを恨む時間は死ぬ程ムダ!!!あいつらのウイニングになるだけ

山ちゃんは怒りや嫉妬などの負のパワーをガソリンに出来る男である。

私も嫌なことがあれば、以前はこのような思いで前に進んでいたが、最近は気持ちがやや風化気味でガソリンの威力が弱まっていた。そんな時にこの2つのメモを見て、「私は何をやっているんだ」という気持ちになった。

そしてそのまま本書をレジに持っていったのである。

第1章:天才はあきらめたの衝撃

タイトルである「天才はあきらめた」を初めて見た時から、山ちゃんは何をあきらめのだろうとずっと思っていた。(私は「天才」=「山ちゃん」と捉えている)

しかし読み始める前に「もしかして山ちゃんは天才になる、または天才と言われるのをあきらめた」のではないかと感じた。

その答えは本書の最初のページに書いてあり、それは私の感じた通りの内容だった。

山ちゃん程の天才が天才をあきらめたという事実がとても衝撃だった。

私は山ちゃんの身内でもなければ知り合いでもない。なので、そんな私が山ちゃんの何を知っているんだ、と言われればほとんどの事を知らない。

知っている(と思っている)のは努力の人だということ、怒りや嫉妬をガソリンに出来る人、頭のキレる面白い人、という認識のみ。(後にそういや山ちゃんてクズだった、ということを思い出すのだが)

そんな人が天才をあきらめたのというのだから、私にはそれが衝撃だった。

第1章のタイトルは『「何者か」になりたい』。

そこには、地元千葉から関西大学へ進学し、よしもとの養成所(NSC)に入学するまでの、まだ何者でもない山ちゃんの話が書かれていた。

第2章〜3章:山ちゃんのクズっぷりを思い出す

山ちゃんはTVで幾度となくクズエピソードを披露、または暴露されているが、この章を読むまで私はそのクズっぷりを忘れていた。

どんなクズっぷりかはあえて書かないが、第2章〜3章は南海キャンディーズを組む前の話がメインになっており、当時の相方さんに対しての山ちゃんのクズっぷりについても多く書かれていた。

そのクズっぷりは「ここで読むのを止めようかな」と思わせるくらいで、好きで本書を買ったのに読んでてイライラを感じるほどだった。

しかし山ちゃんのすごい所は、そんなイライラのピークが頂点に達しそうな時に

そろそろストレスで読みづらくなってきた方はぜひ「もし自分が神だったらヤマサトにどんな罰をあたえたい?」大喜利でリフレッシュしてみてください。

と、絶妙なタイミングでこの一文を入れて来る所にある。この一言がなかったら本気で本を閉じていたかもしれない。

そして他にも私がハッとする言葉が、クズ話ではない別のエピソードであった。「モチベーションが上がらない」という言葉に対しての山ちゃんの言葉である。

そもそもモチベーションなんて上がっていないのが普通なのだ。モチベーションが上がっている状態っていうのは、あの国民的兄弟キャラのゲームの中で言うとスターを取っている状態。ただのラッキーで、モチベーションが下がっている状態が通常なんだから、常として頑張らないといけない。

その通りすぎて目から鱗だった。山ちゃんはやっぱりすごい男である。

しかしそんなすごい男も当時は残念ながらクズがかっていたため、相方から解散しようと言われてしまう。

そして、その時のエピソードで私が初めて目にする言葉があったので紹介したい。

国公認の大暴れをしたのだった……。

誰が?何で?国公認ってどういうこと??大暴れをしてどうなったの??と思った人は是非一度、本書を手に取ってもらいたい。

こんな言葉もそうなった現象も、きっと山ちゃんじゃないと生まれないだろうから。

第4章:南海キャンディーズの話

ここからはしずちゃんとコンビを組み始めた話になる。

南海キャンディーズと名乗る前の話から始まるのだが、ここで山ちゃんは南海キャンディーズの今の形を見つける。

(前略)それが自分の一番楽しいときなのだ。(中略)この幸福感は、天才しか味わえないと思っていた。楽しいという感覚をネタに織り込む。それが自分でもできたというのが本当に嬉しかった。

私はこの一文を読んで素直に「羨ましい」と感じた。楽しいと思えることを仕事にできているからだ。

山ちゃんはいつも「どのタイミングで笑いが起きたか」「笑いが起きている時の自分はどうしているか」ということを考えて、それらを次に生かしている。

辛いことを乗り越え、日々ブラッシュアップしている山ちゃんだからこそ、楽しいと思える幸福感を味わえたのだ。

そしてそんな山ちゃんは対人面に関しても成長していた。

しずちゃんに対して「声を頑張って出せ」というリクエストを、こう言い換えて表現しているのだ。

もったいないよね、こんなにおもしろいことを言っているのに伝わらないって

言い方が驚くほど上手くなっていて私は驚いた。

今の山ちゃんならTVでこれくらい普通に言うだろうが、第2章〜3章で2度解散を言い渡されたクズっぷりを読んだ後だと、驚かずにはいられなかった。

余談だがこれを読んで私は、伝え方1つで悪くも良くも結果が変わる「伝え方が9割」という本の存在を思い出した。

この本の事例に載っていそうな上手い伝え方を山ちゃんはしているのだ。2度解散を経験した男の学習能力にはすごいものがあった。

終章:南海キャンディーズが帰ってきた

2004年のM-1準優勝後、徐々にコンビでの活動を見ることがなくなっていた南海キャンディーズ。

しかし2016年のM-1に2人は帰ってきた。決勝には上がれなかったものの、私はまた2人が一緒になってお笑いの道に帰ってきた姿を見ているだけで嬉しかった。

この終章では、2人の仲が修復するきっかけとなったしずちゃんの山ちゃんへ対する思いが書いてあり、山ちゃんはその気持ちを知ってこう記しめしている。

正直、自分の取っていた行動が相手に対してひどいことばかりだったから、僕は嫌われていると思っていた。僕の言っていることなんて全無視していると思っていた。だからイライラしていた。でも違ったのだ。

僕のことなんか一つも聞かず、ただ自分だけ楽して売れてるから努力をしないと思っていた。それでも売れるという才能にいらだっていたのかもしれない。なぜいらだつ必要があったんだろう。その才能が横にいてくれなければ、僕にはなにもなかったのに。

私はこの流れを読んで泣きそうになった。2人の間にコンビ愛が残っていたからだ。

南海キャンディーズが帰ってきた。また、2人の漫才が見られる。

私はそれだけで嬉しかった。

天才はあきらめたを読み終わり

天才と思えるような人は、影でとてつもない努力をしている。

山ちゃんは「天才はあきらめた」といっても、現状をより良いものにしようと地道な努力と挑戦をずっと重ねていたし、それは本書の至るところで目にした。

例えば第4章にはこういう話が載っている。

いろいろなマイナーチェンジを加えた。一つのくだりに、単純にボケの候補を50個作って全て試して、一番ウケたやつを残すという入れ替え戦の形でやっていたり(中略)ライブが終わるたびに取捨選択の作業、そしてそれをノートに書く。その時に思いついたボケは次の舞台で入れてみる。そして反応を見て固定化する。その繰り返しだった。

これを読んで私は、山ちゃんは常にPDCAを回しているのだと感じた。

PDCAは「Plan=計画」「Do=実行」「Check=評価」「Action=改善」の4つの英単語の頭文字で、「PDCAサイクル」とも呼ばれているものなのだが、これを繰り返し行うことで仕事を改善・効率化することができると言われている。

考えたことに挑戦して、結果良かったならOK、駄目だったとしても何がダメだったかを反省して次に生かす。

簡単なようで面倒くさいこの作業を、何故山ちゃんが続けていられるかというと、山ちゃんが劣等感である負のパワーをガソリンに出来る男だからである。感じた怒りや嫉妬を風化させることなく、ありったけの負のパワーをガソリンに、前へ前へと進んでいる。

この努力を継続できているからこそ、今の天才山ちゃんが存在しているのだと私は思う。

本書を読むまでは何事も「モチベーションが上がらない」と、様々なことを後回しにしてきたが、今はもう「そもそもモチベーションなんて上がっていないのが普通なのだ。常として頑張らなければいけない。」という山ちゃんの言葉が脳裏に刻まれている。

私にもある劣等感や嫉妬、怒りなどの負の気持ち。今のままでは満足できないと分かっているからこそ、これをガソリンにして努力し、前へ進まないといけない。

負の気持ちが風化しそうになっていた今、本書を読めて本当に良かった。